辻川慎一つくば便り

父の日のプレゼントを渡す。

茨城県のコロナ対策自粛が全て解除されました。このまま収束に向かえば良いのですが、東京では収まらない様ですね。

土台地方の方は、急速な少子高齢化で密どころか閑散としているのが実態かと思います。

公共交通機関が、民営化で解体されて来ましたので車が無いと病院にも買い物にも行けません。ですから高齢者ドライバーの数がとても目立ち、車の数が多いのが特徴です。

これから急速に日常生活が困難になって行くことでしょう。年金も介護保険も破綻して行く、と言うより破綻していますね。


(霞ヶ浦から見た筑波山。霞ヶ浦大橋のたもとから撮りました。琵琶湖に次ぐ霞ヶ浦大きさを実感できます。)


かつては鉱山労働者として、過酷な状況に決してくじけず、強靭な肉体を誇った私の父も85才。

鉱山の人たちとのケンカも絶えませんでしたが、母も散々殴りつけた怖い父でした。しかし私は、殴られたことが無く、優しい父でした。

私は両親に取って自慢の息子だった。私も両親を誇りにしていた。働く者が貧しく、尊敬されないことへの疑問こそ私がマルクス主義に目覚めた原点だった。

それが政治党派に入ると、親はだんだん運動の障害であるかの様に言われた。家族を顧みないのが「革命家」であり「共産主義」であるかの様に。

考えて見れば、全存在をかけて育てた子供の無事を願い、守ろうとするのは親として当たり前のことです。

それを障害と考える運動が、根本から民衆に支持されるはずがないのです。

それがインテリ、学生から始まった共産主義運動の問題であり続けて来たのではないでしょうか?


(父にプレゼントを渡す。「もう年だから要らない。」と言うので「せっかく格好良いのだから、いつまでも格好良くして下さい。」と。)


労働者の生活や労働。つまり職場の課題と別にして、労働者の解放を語ること自体が空論なんです。何故なら、労働者はそんな運動や理論、人を決して信頼しないからです。

難しい話になり、すみません。私を育てた両親を遠ざけ低めて来た、政治党派の考えから離れて、恥ずかしながらようやく見えて来たことでした。

コメント

1. よかったですね。

よかったですね。私の父は、社会党員で、協会派で、日教組の、活動家でしたが、最後は北朝鮮のような、病院で死にました。

2. 無題

ありがとうございます。
お父様も頑張られたのだと思います。尊敬されて、大事に見送られるべきだったと思います。悔しいことです。

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