辻川慎一つくば便り

昭和な散歩

さて荒川沖から線路沿いを土浦駅に向けて歩きましたら、線路下の道路橋脚のプレートが見えました。

1978年2月、水戸鉄道管理局とありました。私はその時「臨時雇用員」として常磐線高萩駅で働いていました。

便所の掃除やゴミだらけの電車の掃除。何故か当時はむちゃくちゃ汚かった。学校では白衣を着て試験管を振っていたので、ギャップが凄かった。

それで給料が9万円。涙が出た。キツイ、汚い仕事の方が給料が安いことを思い知った。

今はずいぶんと綺麗になった様に見えます。最近ではタバコさえ吸うことが難しい。


昭和な時代には電車はもちろん、トイレにも灰皿があった。それが今も残る店を発見しました。


同じトイレには


手を乾かす機械に鏡があるのは、みたことがありません。

昔の駅の汚いトイレから現在に至る「進化」の過程が見えました。まあ、あまり重要な発見ではないかも知れません。

線路も、トイレも綺麗になったのですが綺麗に整備しているのが人間の手であることは変わらない。

そしてキツイ、汚い仕事をしている人への評価が低いことも変わりません。



JRの後輩の小さな子供たちが作った餃子の写真を送ってくれました。手で作ることの本質は愛だと思うのです。愛を低めていて私たちは、幸せになれないのではないでしょうか?

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