辻川慎一つくば便り

就職氷河期と規制緩和を誇り高く生き抜いた歴史。

兵庫県宝塚市が、就職氷河期だった人たちの「救済」のために職員3人を募集したら1500人以上が応募したことが話題になりました。氷河期と変わらん様に思うのは私だけでしょうか?

1995年頃から2005年くらいの約10年間を「就職氷河期」と呼ぶ様で、凄まじい就職難だった。

私とバス運転手同期の青年が37才でまさに就職氷河期の人でした。大学を出たけれど、就職が全てダメ。心が折れて、体も壊してしまい15年間引きこもって、ようやく前を向き始めたと話してくれました。苦しかったと思う。


「私は賞味期限切れが早いけど、君はまだまだこれからいくらでも挑戦できる。生きている限り、終わりは無い。頑張ろう!」と話した。

まだ力はないが、返って来た笑顔が嬉しかった。生きて頑張っている青年みんなが愛しい。


(今朝の筑波山。朝日の中のシルエット。)


氷河期の頃。私たちは、小泉政権による規制緩和と激突していた。

常南交通労働組合の闘いだ。規制緩和による「競争入札導入」に対して、安全と職場を守る!と国鉄分割民営化と闘って来た動労水戸の闘いを引継いだ職場丸ごとの闘いだった。

常南本社闘争、県庁前ハンスト、200名県庁集会とデモ。反響も大きく、総力の闘いだった。



しかし、競争入札が止まることはなく、会社の経営も危機に陥った。

組合員のかなりの人が職場を去り、別の入札会社に転職した人もいる。

しかし、とても大事なことは闘い抜いたみなさんに敗北感が無いこと。「あの時はみんなで県庁に行った。」と特別の思いで語ってくれます。

私自身が何を語ったかは覚えて無いのですが「辻川」の名前は、そう言う思い出と一体でみなさんに刻まれていました。

私の方は、職場を去ったり仕事を失った労働者の話を痛み無しには聞けない。しかし、驚くのは、彼らや彼女たちに恨みつらみが無いことです。

それはきっと、その闘いが強いられたことでなく、彼ら自身の闘いだったからからだと思う。だからこそ彼らの労働への誇りと一体で、誇らしい記憶になっているのではないのか。

そんな風に思うのです。つまり労働組合が必要無いのではなく、労働者自身の労働組合求められているのだと思う。

就職氷河期の話題で考えた事でした。


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