辻川慎一つくば便り

女性労働者と一緒に働く

今日も雨で気温も低いです。体調管理が大変ですが、お互いに気を付けたいですね。


(筑西市母子島遊水地。筑波山撮影の名所とのことですがあいにくの天気でした。)



(こんな写真が撮れる場所とのことです。)


考えて見ると国鉄からJRまで、女性労働者と一緒に働いた経験がありません。男職場一本道でした。

バスの運転もはじめてなら、女性と一緒に働くこともはじめてです。

緊張しながらも先ずは、一緒に働いている方の話を良く聞様に心がけて来ました。

仕事のアドバイスだけでなくて梨をいただいたり、選果場を教えていただいたりお世話になっています。


ところで現在の職場には労働組合があり、女性労働者の結束も強いのですが彼女たちに評判の良くない運転士が何人かいることが分かりました。

非難の対象になっている運転士もそれぞれで、男同士だと分からない面があるので一体何が問題何だろうって考えて来ました。

そして一つ分かった共通点がありました。非難されている運転士さんたちは、彼女たちの話を聞かないことです。

聞いているフリはしても、自分は分かっている。あるいは自分のやり方はこうだと女性の話など聞かない。あるいは心では女の話は下らないと思っているのです。

要するに、相手を「女」として下に見て一人の人格として接しない。そう言う人が嫌われていることに気が付きました。

実はそう言う人、女性労働者に対してだけでなく全ての人に対する接し方も根本同じなんです。

「男の世界」だとか「序列の世界」が、それを隠しているだけ。そんな風に感じます。


(女性労働者を描いた韓国映画「明日へ」)


女であること、障害があること、あるいは体の大小に至るまでこうしたこと私たちの命のかけがえのない属性です。こうした肉体と社会的関係で私たちは、人間として共に存在しています。

お互いに共にある私たちの心が満たされる時ってどんな時でしょうか?これは、誰しも同じです。


「自分の存在が認められる時」です。

自分の存在を認められたいのは相手も同じなのに、自分の存在は認めろ!だったら?

果たして相手は受け入れるでしょうか?その時点から、相手を対等として見ていないため、線を引いて相手を閉ざしてしまうのです。

こう言うことってコミュニケーションの本質ではないかと思います。


相手の存在を大切に思えるから自分がいる。それぞれが生きる条件や関係性を考えながら、お互いに大切な存在であると言う対等性が大事なのでは無いか。

簡単なことではないのですが、子供でも大人でも、本当に心を開きあう関係になるまでには時間をかけた働きかけが必要です。

今日も、私と女性労働者の4つの目でしっかり安全を守りたいと思います。


コメント

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

カテゴリー

P R