辻川慎一つくば便り

大切な人って。

週明けの今日は、大型バスのルート指定でした。だんだんと分かって来ました。自分の杜撰なところとの向き合いである事がです。

ちゃんとしている人は、自分の杜撰さと向き合って正そうとする人。格好良い人と言うのは、自分の格好悪さを自覚して、正そうとしている人なんだと思う。

年を重ねたからちゃんとしている訳ではない。
瞬間瞬間に、今のは良かった、今のはダメだ、改善するためには?と自問自答しながら運転している。そうして少しづつ手応えをつかんで行く。そこに増長する気持ちが出ると、思わぬ失敗をする。

容赦の無いところに、大型バスを運転する有難さがあると思う。


昨日は雨の日曜日。バリカンで自分の髪を切ったり、運動したりしてから部屋の植物の世話、そしてデコレを変えてみたり、それからギターの弦を張り替えたりしていたら良い時間になってしまった。


そこに、ゴッホ展に一緒に行ってくれた友人が訪ねて来てくれた。

たくさんの野菜やステキな和菓子を携えて。


栗の大福。紅葉しはじめたイチョウの姿をした和菓子。何とも可愛らしく、愉しい和菓子を頂いた。


「昨日のお礼です。」と言うので、「大切なお金を私に使わないで下さい。」と言うと「大切な人に使うのは喜びなんです。」と言う。

「大切な人」だなんて、しばらく聞いていない言葉だったと思う。

「大切な人」とは、かけがえのない存在で、自分の心の支えとなる人です。損得勘定とは関係なく、その人自身の存在が必要な、愛情や思いやりの対象です。

改めて調べたら、こんな事が書かれていた。「大事な人」と言うのは利害関係が絡むけれど、「大切な人」と言うのは心の支えなので違うとの事。

そんな事も知らずに安易に使っていたなと、今さらながら知った私。思えば、組織的利害や政治的利害に囚われて、そう言う関係の中にずっぽりいた。大切な人より大事な人との関係だった訳だ。利害関係は終わる。すなわち孤独しか残らない。そんな事を振り返る事ができた。


(谷中で食べた鶏唐揚を再現してみたいと挑戦したが、及ばないのでさらなる改良を考える。頂いたトマトと和菓子を早速有り難く味わう。)


言葉は、自分を伝えるものではなく、相手を理解するためのもの。贈り物なのだと言う事も思い出した。

「あなたは大切な人だから。」その深い思いが詰まった言葉を贈られて、自分を見直す事ができたのだと思う。

杜撰さは、私の行為だけでなく、言葉にもあったと反省する。私は、本当に誰かを大切に思っているのか?

そこを問わないと、私自身を大切には出来ないのだと思う。別々の事では無いから。

https://youtu.be/SXbEInYnEF4?si=Wzygecu0NzWnBSK_


それでは、引き続き自分の杜撰さと向き合いながら夜の乗務に臨んで来ます。

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