辻川慎一つくば便り

同時代を生きる

JRを去って間もなく3年が経ちます。
国鉄からJRの40年間のうち25年間は、鉄道の仕事から排除されて駅のそば屋や売店に隔離されました。

国鉄分割民営化に反対して、仲間と動労水戸と言う労働組合を作り委員長になったからです。

私は、労働者とくに青年のための労働組合を作ろうと考え、頑張りましたが勝田車両センターに戻った時には既に52才。青年とは言い難い年でしたが、25年ぶりに合流した組合員と一緒に猛然と借りを返しました。

何も良いことが無く、歴然と差別されて来た組合員の思いと悔しさを晴らす!
それが、私の思いでもありました。


党利党略、私利私欲の人たちは私を悪く言う方がいる様ですが、現場組合員の仲間たちは変わらぬ信頼を投げてくれますし、JR現役の頃同様に私を守ってくれます。

私は組合員を守り、その思いを晴らすために頑張りましたが、気持ちが一つだったから勝ち抜けたのだと思います。

確かに私たちは散々差別され、労働組合の脱退を迫られましたが、それでも正規雇用でボーナスがありました。

今の青年たちの大半が非正規で、ボーナスすらありません。

頑張っては来たけれど、労働者とくに青年が置かれた前提が激変しています。今の労働者、青年のために何ができるのか?

自分たちは頑張って来たなんてことは、通用しないと思う。

その一人であり兄を自死で失った息子が「今は生きにくい時代だ。仲間がいなければ生きられない。」と言いました。


彼の言う仲間と言うのは利用し、利用される関係ではありません。それは、口先の仲間であり「本当の仲間」ではないと言うことになります。

言葉だけの「仲間」は、人を孤独にして殺してしまう。同時代を一緒に生きているのに、それをつまらない利害関係に変えてしまう。

口先だけの関係に自分自身はなっていないのか?

本当に大切な人に対しては、そんな事すら考えないかも知れません。


(後輩からの今日の一言です。)

私が、鉄道を外されて駅の売店に隔離されていた時代駅にいた方からブログにコメントを頂きました。

「元気で良かった!
お久しぶりです。私を覚えてますか?

辻川さんの今の生活や活動をこのブログで知り
お便りしました。
私は、ずっと辻川さんに憧れていました。
自分には思っていてもできないことを
やってのけていた。人望も厚く頼りにされていた
こと羨ましく思っていました。
いろいろと話したいことが山ほどあります。
今度、旨い料理と少しのお酒で再会したいと
勝手に思っています。
いつもブログ拝見させていただいてます。」

私が食中毒で売店で動けなくなった時に、担いで頂いた方です。私の方がお世話になりっぱなしで義理を欠いて来たのに、過分な言葉を頂きました。ありがとうございました。

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