辻川慎一つくば便り

崩壊する古い秩序や組織

世界的なコロナ騒動の中で東京都知事選挙が近づき、自民党が小池現知事を支持するとのこと。互いの潰し合いを演じながら、裏ではつながって来た人たちらしい姿です。

その小池都知事は「東京封鎖」もあり得ると発表した。そんなことが出来るのか?実施したらどうなるのか?

現場で働いたことも無い人たちの無責任さ。一体こんな人たちがどうして権威と権力を持っているのでしょう?

簡単な話しですが、権威にひれ伏すことで生きている人たちが世の中の大半だからです。

権威が無くなれば終わりなんですね。だから、権威を維持することに懸命で実は人を信じることは無いし、信じたら終わりの世界にいる。


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組織を維持するために、誰かを権威にする。そう言う社会のあり方が会社だけでなくそれを批判する労働組合でも、政治党派でもまかり通って来た。

考えて見ると私は、そう言う関係性をずっと批判しぶっ壊して来た。愛と信頼しかないじゃないか!と言うと「甘い」とか言われて自分たちの権威の枠内、つまり「組織の秩序」の中にいろと圧力をかけられ続けて来た。

私が守ろうとしたのは、労働者であり、自分の人間性であり、組織の秩序でも維持でもない。

国鉄に入ることも、国労も動労も、動労水戸も、そして政治党派(中核派)もその維持が目的でなく労働者と人間的解放こそが目的でした。だからこそ組織や権威の中にある人たちに、非難され続けた人生だったと言えます。しかし、私に取って大事なのは人です。

国労からは「裏切り者」と言われた。動労では「お前は動労30年の歴史を否定するのか!」と先輩たちに言われた。国鉄分割民営化で動労の権威が崩壊すると「辻川、俺が間違っていた。」と辞表を出して謝りに来てくれた。私がいれたお茶を投げつけた先輩だった。

組織は、人間が人間として生きるために生み出されたのであり、それが逆転して組織が生きた人間を支配することを根本から批判したのはマルクスでした。私はその通りだと思い、発言し、行動した。


(地図で仕事を振り返りシュミレーションする。)

そしていまや金も地位も名誉も無い、ただの一労働者になった。バカみたいに何も無い。しかし、そんな私の動きが何故か気にされる。そしてまた、既成の組織的秩序に組み敷こうとする動きがでる。同じことの繰り返しです。私の経歴を囲い、組敷いた人の勝利。ただの自己満足でしかない。

そんな勝利に一体何の意味があるのでしょう?


私は思う。使い古されて来た古い組織的秩序自体が音を立てて崩れ始まっているのだと。

さてみなさん。口では「あなたを心配している」と言う人の大半は、あなたを彼が信じる秩序に抱えこもうとしているだけです。

本当に大切に思う人には、言葉で言うより行動する。私を甘いと言った人たちは、口先だけの世界の孤独の中で消えて行きました。

自分と人との信頼関係でなく、組織の中の関係でしか無かったからです。

私には、もはやそう言う組織的関係を壊す必要さえなくなりました。ガラガラと全面的に崩れているからです。

組み敷かれることも、囲われることも拒否する。そしてもっとも大切な関係を仲間として築いている。私が論文で書き追求して来た世界が、そこにあるのです。

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