辻川慎一つくば便り

偉そうだと人は離れる。

天気が良くなりました。
動労水戸組合員が特急列車を運転すると言うので、再び撮り鉄に挑戦。


今日は高架橋から撮りました。しかし、天気が良すぎて前面ガラスが反射して運転席が見えませんでした。


天気が良いだけではダメなことが分かりました。

さて、昨日のブログを見てくれた後輩が「制服を着ていると学校の先生みだいに見える」と感想を寄せてくれました。

普通なら喜ぶ感想かも知れません。私の場合、労働組合の委員長をやったり、政治党派の幹部をやったりが長く「偉そう」な言い方や素振りが身に付いてしまっている様に思うのです。

そもそも人間に、上下左右や人種国籍の区別は無い。対等なんだ。と言う約束を立てて労働組合も政治党派もはじめたはずなのにいつの間にか自分を上においてしまう。


(筑波山を手のひらに乗せて見ました。)


ある政治目的や路線から人やその言動を見て「それは良い」とか「ダメ」とか評価する。

私は、水戸から転勤して来た若い先生と話した。その先生は水戸のろう学校から来た先生だった。「水戸のろう学校だと確か朝鮮学校の隣でしたね?」先生は「はい。朝鮮学校の生徒さんたちが来てくれたり、訪ねたりしてました。」と話してくれました。

私は「それは素晴らしい!」と言ってしまいました。私と彼の関係は、スクールバスの運転士と学校の先生であるのに、私は先生を評価する言動をしたのです。

簡単に言えば「何を偉そうなことを言ってるの?」と思われても仕方ないと言うことです。

人をある目的や高みから見る。そして評価し、勝手に決める。

色んな組織や党派が嫌われる根本問題がそこにある様に思います。

人の関係や見方がはじめから偏る。人をちゃんと見ないで勝手な世界観が作られる。

結果として、私は最も大切な人を失って来た。そして、自分の誤りと向き合うことで大切な人を再発見できて来ました。

だから「偉い」とか「ヒーロー」とかつまらないものだと思いながら、人を評価し、自分を評価してしまう自分と向き合っている訳です。

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