辻川慎一つくば便り

不ぞろいな焼物たち

みなさんおはようございます。

今日からまた乗務です。コロナウィルス、JR社員にスクールバス。近づいて来ましたね。そうでなくても心と体は、いつも同じコンディションとは行きません。道路事情同様に、状況に応じてしなやかに対応するしかないのかもしれません。

さて、現在の私自身はJRにも動労水戸と言う労働組合にも籍はありません。なので勝手なことを発信するのは差し控えますが「動労水戸は自然破壊にも反対しているのですね。初耳です。」とのコメントをいただきました。

小泉進次郎氏は「環境問題はセクシー」と発言して、その意味を答えられず、言葉がとっても軽いことが話題になりました。

私は、環境問題がセクシーとは思いませんが、自分が気持ち良く生きているかどうかの感じ方の問題ではないかとは思います。

汚い水、汚染された空気、添加物だらけの食べ物、ひどい住環境を快適に感じる人はいないと思います。子供やお年寄りだけでなく、みんな病気になってしまいます。それは、凄いストレスなんです。

自分が快適だと感じる環境は、他の人に取っても同じ様に快適なんだと思います。だから、「こうでなくてはならない!」とか言う理屈でなく、自分が気持ち良いと感じるかどうかが環境問題の出発点なんじゃないかと思うのです。


(筑波山梅林。東京から来た人は「空気が違う感じがする」と言います。)


労働組合には、賃金問題だけでなく働く場の劣悪な環境の問題と闘った歴史があります。労働組合のテーマは、労働者の環境問題なんです。しかし、だんだんとそれをお金に引き換えてしまった。

お金になれば快適なんだって言う考え方。本当なんでしょうか?


(福来梅「ふくれうめ」。縁結びの梅とのことで、カップルが来て幸せを願ってました。)


過剰な資本と過剰生産によるデフレ(商品価値の暴落)と少子高齢化社会の急速な到来で、社会と世界が激しく変わろうとしています。

なのに、政府もそれを批判する人たちの発想は昔のまんまじゃないのか?お金になれば幸せ。成長することが大事。

現実に生きて働くことや働く人の立場から発想できない。利害関係にしばられ、自分の感覚と感性を磨きながら生きていない。だから、環境問題の立て方自体が間違ってないのか?



(梅林は「つくばね焼」窯元につながっています。梅林を作ったのは、窯元の梅田さんの親です。)


動労水戸の木村委員長は、農業にも携わっています。鉄道でも農業でも自然の中で働いて、自然の厳しさと豊かさと向き合い感じながら労働組合で闘って来ました。


(「つくばね焼」不ぞろいな焼物たちは、とっても個性的で手になじみます。)


不ぞろいで個性的な仲間たちと一緒に、様々な試練の中で人間関係を磨き、より良い環境を求めて闘って来た。そして自分自身の人間的感性を磨いて来た。厳しい冬を越えた不ぞろいな野菜がひときわ美味しい様に。

ドイツ鉄道労組ベルリン支部長から、動労水戸委員長就任に対する喜びの言葉が来たと言ってました。ドイツの人々は、環境や食(オーガニック)をとても大切にしています。お金に引き換えられない関係があります。

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