辻川慎一つくば便り

下がり続ける人間の値段。

JR東日本の元同僚たちとは、月に一度くらい会って話します。

コロナ騒動になってから、ひときわ身に沁みるのは中小企業労働者と非正規雇用労働者の厳しい現実です。もちろん請負や自営業の方にも、何のフォローもありません。

労働の大変さに対し相対的に賃金が下げられているとは言え、収入が保証された上ボーナスがある大企業の労働者と、中小企業や非正規雇用労働者の圧倒的違いを、生身で経験できて良かったと思う。日々不安との向き合いです。

「安定した老後」なんてのも、何だか作られている幻想の様な気がしてたのですが、私にも経済的現実的に無くなっています。

そう言えば、麻生副総理がコロナの前に「安定した老後のために2000万円必要だ!」と言った。まあ、年寄がお荷物扱いされる社会に安定した老後もクソもないだろうとは思っていた。未来でなく、今の関係がおかしい。


過剰生産・過剰消費が地球環境をも破壊する。エコにも限界があると言われる。だから、経済成長第一なんて終わりだと言われる。しかし、利息が出なければ、資本主義社会自体が終わる。金はまわらなければならない。だから代わりの制度が無い限り、名目成長は必要なんだと言う。


(勝田車両センターの近く。水戸刑務所を訪ねました。)

実質経済成長が無くても、金が回れば良いんだ。金はじゃぶじゃぶ刷れる。しかし、現実にはさして利益は上がらない。

もう一つの現実は、金が刷られるほど労働者の賃金はますます下がると言うこと。昔なら「最後は体を売って」生きる道もあったと言うが、「風俗」の値段も暴落しているとのこと。体を張っても金にならないのは、トラック運転士だけではない。つまり、資本主義を維持するためには、人の値段はどこまでも下がって行くしかない訳です。

あと時給500円賃金が上がれば、風俗で働く必要は無くなると言われます。

日本での転換点は、国鉄の分割民営化だったと思います。日本人は、個人の権利よりも組織への帰属が強いと言われます。後発の資本主義国なので、古い共同性に依拠しながら資本主義化するしか無かったのですね。だから、個よりも組織に追従する傾向が強い。会社だけでなく、労働組合も政治組織もみんな似ている。国鉄分割民営化は、政治や労働組合組織の限界と崩壊も示した。

それから40年、日本で非正規雇用労働者が増え続け、正規労働者が叩き下ろされて来ました。企業や組織に帰属し「流れに身を任す」あり方は、その狭い共同性の外にある人々との共鳴や真の人間的共同性から引きはがす役割を果たして来たのではないか?

広い共同性を求めながら、狭い共同性(組織)の枠内に閉じ込める圧力とぶつかって来たからこそ私はそう感じるのです。これまでの狭い安定や共同性が壊れている。そして、巨大な試練や格闘の中から新しい共同性が生み出されて行く様に思う。それを制御したり、支配するなんて言うのはケチ臭い行為なんだと思う。

人間の感情や意志が交錯し、新しい共同性が生み出されて行く様に思うのです。


(子供の頃、辛い時夜空を見上げて大人になっても同じ星を見ているのかな?なんて思いました。同じ星や月が刑務所からも見えるかな?差し入れた本です。)

「あ〜なんてちっぽけなんだろう俺は」と思い、「さて明日をどう乗り越えるか?」と言う不安の中にいる自分。仲間の存在に励まされて「また頑張ろうか」と思う自分。困難があっても、狭い枠を越えて世の中全体を変えて行くうねりがあることを信じる自分。色んな自分がいます。

それは不安があるからこそ鋭くなる、人間としての自分や他者への信頼の感覚なのかとも思います。人は流されているばかりではないと思うのです。

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