辻川慎一つくば便り

コロナウィルスと友だち

おはようございます。
運転士さんや車掌さん、駅員さんの仕事では、土日祝祭日に休みとは限りませんが、暦通りに働いていますと週末に向けて疲れが蓄積していることを感じます。
子供たちも同じ様です。仕事も勉強もオフタイム大事ですね。

連日コロナウィルスの話題。地元筑波大学の卒業式中止で卒業できないとか、都立高校ではラッシュアワーを避けて10時登校だとか、コンサートも中止。

マスクをしないで咳をしていたら殴られたとか、危険を煽りすぎてパニックになってますよね。


(職場近く。マイナス5℃で一面の霜でした。寒い!)

コロナウィルスの危険性より、とにかく経済に影響を与えたくない、オリンピックを死守したいと言う安倍政権や小池都知事の思惑の方が透けて見えませんか。やはり命より金。国民より金って感じがします。

私たち人間は、天変地異や社会変動の経験を蓄積して来ました。そしていくつもの「防御壁」を作っても来ました。その防御力は凄いけれど、万能ではありません。

土台人間は、必ず死にます。そうすると、やはり命がある間どう気持ち良く生きるかが大切ではないかと思います。

色んな気持ち良さがありますが、不愉快極まりないことってやっぱり他の人との関係じゃないですか?


コロナウィルスって、結局人と人の関係が口先かどうかってことじゃないか?困った時にこそ、本音が分かりますからね。

そこで思い出した本です。


その詩の冒頭部分です。

ともだちって
ともだちって かぜがうつっても へいきだって いってくれるひと。
ともだちって いっしょに かえりたくなるひと。
ともだちって おかあさんや おとうさんにも いえないことを そうだんできるひと。
ともだちって みんなが いっちゃったあとも まっててくれるひと。
ともだちって そばにいないときにも いま どうしてるかなって おもいだすひと

「ともだちって風邪が感染っても平気だって言ってくれる人」って凄いですよね。実際には、一緒に倒れると相手は守れないのですが、その覚悟や気持ちがある人が友だちなんだってことですよね。

そうするとコロナウィルスだけでなく、そんなことがたくさんあります。「一緒に不正に立ち向かおう!」なんてこちらがその気になったら、不利と見るといなくなってしまったり。国鉄分割民営化の時は、そんなことばかりでした。

人の嫌らしさが人を失望させて、パニックを増長させる。労働者がバラバラになり、安定したのは支配層だった。

その結果が、非正規雇用と格差・貧困がまん延する現代社会です。

だからコロナウィルスに立ち向かうと言うことは、人と人の関係を強めることじゃないかな。

どうしても感染したくない人は、息を止めれば良いことになります。死んでしまうけど、病気にはなりません。


(JRに病原菌あつかいされた友だち。)


空気がなくなれば、ウィルスは怖くない。でも声も空気の振動だからコミュニケーションもできない。音もしないから音楽も楽しめない。臭いもしないから食べても美味しくない。

そんなつまらない世界には住めないし、住んでもしょうがないよね。

自分たちが生きることに大切なことを見直し、信頼できる仲間を見つけて行く大きなチャンスをコロナウィルス騒動はもたらしているんじゃないでしょうか。

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