辻川慎一つくば便り

エンクロージャー(囲い込み)って知ってますか?

資本主義社会が生まれる時、会社で働かないと食べていけない人を作るために農民を農地から引きはがして囲い込んだ。それをエンクロージャーと言いました。

労働者を作るためには、それまで生きて来た基盤である共同体から引きはがさなければならなかった。


(今日は、広島旅行中のJRの仲間からの写真です。広島電鉄。解像度が低いみたいですが味がありますね。)


このエンクロージャー。昔のことではありません。

資本主義の歴史は、エンクロージャーと戦争の連続とも言えます。

戦争も古い共同体の解体と国家への統合無しには成立しません。第二次世界大戦後は、1960年代の炭鉱労働組合の解体(炭鉱と労働組合からの引きはがし)を軸に高度成長を実現しました。それまでの労働者の共同体の解体です。

そして国鉄分割民営化も、それまでの共同性を壊し、そこから引きはがす現代のエンクロージャーでした。


こうして、膨大な非正規雇用労働者を生み出し、今に至ります。


(国鉄宇品線の跡地を訪ねたそうです。戦争のために作られた路線でした。軍都であったために原爆のターゲットにされました。)


労働者の人としての抵抗を粉砕し、さらに徹底して資本の自由にするために、絶えず労働者の共同性の解体が図られて来たのです。

ところで、共同性と言うのは、人が人である基盤そのものなのです。

(こんな跡地も保存されているとのこと。常磐線赤塚駅にいた時、このタイプ転轍機を扱いました。双動型だととても重かったので、清掃と油塗りが欠かせませんでした。)

労働者は、凄まじく働き子供を育てた。そしてその労働者が老いて、この世を次々と去っていく。

長く働き、生き抜いた労働者。私たちを産み、育てた労働者。それが「長い間お疲れ様」ではなく「高齢者」として邪魔者にされ、早く居なくなれとばかりに扱われてはいないのでしょうか?

そして私たち自身もそんな風に思わされていないでしょうか?

私に「もしあなたを愛しているなら、あなたの両親を尊敬できるはずだ。あなたを産んで、育ててくれたことに感謝するからです。」

そう言ってくれた人がいます。

労働者の家族って、そう言う家族のはずだ。労働者(人間)の共同性の土台は、そこにある。だって、人間が一人で生きられないことの原点は、母親の存在からはじまるのです。


(古い建物も残っていたそうです。)

JR東日本による福島第一原発・高線量地帯への常磐線開通、そして4月からのジョブローテーション(運転士、車掌などの職名廃止)は、それまでの共同性を壊す新たなエンクロージャーでもあるのです。

つまり、それまでの労働者の共同性である仲間と家族を徹底解体して非人間化する。そして有無を言わせず絞り取るのです。さらに、さらに。

そう考えると国鉄分割民営化に対する動労水戸の本当の勝利とは、例え小さくても闘い、負けずに仲間との共同性を守り抜いたことにある様に思います。

同時に人間の共同性の土台である家族の関係を取り戻そうとしている。


(簡単でも扱いを間違え、とっさ転換をすると大変だった転轍機。)


炭鉱労働者だった私の父も85才、母は80才。頑張り抜いた両親にその人生にふさわしく送ることと、仲間と共に生き抜くことの土台は同じだと思います。

労働組合をめぐる、その共同性をめぐる現在の死闘が展開されていると思う。だからこそ、土台から見直し、一緒に闘いたいと思うのです。

私たちは、同じことと闘っているからです。宗教であれ党派であれ、資本主義を批判するフリをして、人を囲い込んで支配するあり方ともお別れする時が来ている様に思います。

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