辻川慎一つくば便り

「やっかいな他人」と共有地

今日も3時起きで間もなく出勤です。

私たちの大半は、会社を通して仕事をしています。


職場は会社の所有地であるにも関わらず、労働者の共有地として維持されることで成立し、これを基盤に利潤が確保されています。

難しい理屈みたいですが、「やっかいな人」のことを考えて見ました。

職場の人が、やっかいな人に腹を立てるのですが、その理由は共同で成立している場を無視し、壊すことにある様に思うのです。


私たちは、家族の崩壊など他者との共同の場が失くなっているみたいです。しかし、例えば飲み会一つでもそこは共同の場になります。

好き勝手でなく他者への配慮と自己を抑制した慎む姿勢が、金を出して借りたその場を共有地にします。

それを壊す人が「やっかいな人」と思われるのでは無いでしょうか。



例えば、この関鉄ファンクラブの新聞。乗降客がもっとも少ない騰波ノ江駅に掲示されていました。



(関鉄騰波ノ江駅)

駅は、関鉄と言う会社の私有地であり、建物ですが、利用する人や地域の人たちの共有地としてみんなで守っている。鉄道への思いも、共同性であり共有性にあると思うのです。

私の現在の職場も、会社の施設であり会社のバスを運転しているのですが、同時にそこで働く人たちの共有地でもあります。

一緒に共有地を維持する。守ると言う謙虚な姿勢が無いと、相手にされなくなり排除される。そこもまた、みんなの生活の場だからです。

みんなで気を使いながら守って来た共有地。生活の場を破壊されることへの怒りが、労働組合の原動力にあったのではないか?


(こちらは隣の関鉄黒子駅)


生活の場としての共有地とは、必ずしも特定の場とは限らないのだと思います。

共有地である以上、自分を持て余しつつも、他者への気配り無しに成立しない関係は田舎に限らずどこでも一緒なのではないかと思います。

東京の銭湯で入れ墨を入れた男が入っていました。湯船に頭ごと沈んで1分以上出て来ない。周りの度肝を抜くのだが、上がる時には風呂桶も椅子もちゃんと返す。こういう人でも共有地を守っていると思います。だから見かけのことではありません。

職場の「やっかい者」ランキング入りしないために、今日も気を配りながら頑張ります。

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