辻川慎一つくば便り

つくば便り(関城)

つくば便り、大宝城(下妻市)、小田城(つくば市)に続いて関城(筑西市)です。
いずれも、天皇が南北朝に分かれて争った南北朝時代の南朝側の拠点です。下妻氏と関氏はこの戦で滅んでいます。


(筑波山を見ながら北朝の高師直がトンネルを掘って関城を攻めた跡があります。)


南朝と公家支配の正当性を示すために「神皇正統記」を書き上げることに執念を燃やした北畠親房(きたばたけちかふさ)は、小田城が陥落すると関城に籠もりこの書完成させたと言われます。

記録だとか文章が大事なのは昔からなんですね。

ところが、南朝側の城を次々と落として圧倒した高師直(こうのもろなが)と言う武将も気になりました。

室町幕府を開いた足利尊氏の側近だったとのことですが、当時としては極めて合理的に戦をする人だったとのこと。

日頃は物静で、教養も高い人だったらしいが、戦になると破壊的なくらい革新的決断を下したらしい。

考え方も、実戦でも古いあり方を守ろうとする保守派を圧倒した様です。

しかし、未来は誰にも分からない。北朝側を圧倒し続けた末に、殺害されることになります。

南北朝の争乱は50年間も続き、室町幕府の不安定な支配は戦国時代に結びついて行きます。


(関城跡には、大宝神社に比べると侘し過ぎる八幡神社が建っていました。「兵たちの夢の跡」でしょうか。)


公家の時代から武士の時代へ。そして武士の時代の終わりにも、常陸国筑波山の周りが歴史転換の舞台になって来たことを興味深く見て来ました。
果たして、また新たな歴史を切り開く舞台になるのでしょうか?

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