辻川慎一つくば便り

つくば便り(下妻市大宝…思い通りにならない歴史)

筑波山の西側に下妻市があります。「下妻物語」と言う映画の舞台にもなりました。

下妻市の名前の由来は、下妻氏と言う武士にあると思っていましたがこの下妻氏、1342年南北朝の争乱で滅んでいました。

天皇家が南北朝に分裂し、それぞれを押し立てた武士たちが大抗争した。日本の歴史が根本から変わったと言われていますが、その主要な舞台が筑波山麓であり筑西一帯だったことをはじめて知りました。

下妻氏最後の下妻政泰の命日が11月12日とのこと。同じ筑波山を見て決戦に臨んだのかな?なんて思いながら今朝の筑波山を下妻から眺めました。



大宝城、関城など鬼怒川と小貝川にはさまれた豊かな土地にかつてあった湖の周りに建てられた城を舞台に歴史を分ける戦いがあった。


下妻政泰は、正統派と言われる南朝方で戦って討ち死にした。戦は北朝が優勢で、政泰の敗因が食料不足と味方の不和にあったと言うのも何だか悲しい。

現在の天皇は、北朝の系統らしいが、南北朝自体は和解する。とすれば、何のために戦って死んだのか?信念に反して歴史は、思い通りにはならなかった。



では何も変わらなかったかと言うと、この戦を通して公家の支配が決定的に崩壊し、地域共同体を土台にした社会に大きく変わり、通貨制度が発展したとのことです。武士の支配の成立は、この社会変貌と共にあった様です。


 

大宝城跡には大宝八幡宮があります。



金剛力士像(仁王像)が入口に配置されていました。憤怒の形相が、何だか討ち死にした武士に重なります。



境内には土俵があります。高砂部屋が合宿稽古を行うと書いてありました。


坂を降りて行くと

関東鉄道大宝駅があります。


水戸にいると江戸時代からの遺構が多いのですが、より古い栄枯盛衰の歴史に触れることができました。

近代科学は、自然現象や世界を説明する理屈を生み出しました。とても画期的だけど、その考えは、全てを理屈で解き明かし、説明できるかの様な誤解を生んでいる。

人間は歴史を生み出す主人公だが、しかし歴史は自分たちの思い通りになんかならない。

そうでなければ、これほどあちこちに神様を祀ったり、祈願したりしなかったはずだ。

自然も人間も単純ではない。単純に切れる訳が無い。複雑なものを、複雑として受け入れることが謙虚で正しい姿勢なのではないか。

筑波山神社から下妻大宝八幡宮を見て、そんなことを考えた次第です。

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