辻川慎一つくば便り

「痛みを感じること」は他の人につながっている

国鉄分割民営化に反対して新しい労働組合をつくるために、電車運転士を外されたのが28才。バスのハンドルを握るまで34年たちました。

「自分の責任で穴を空ける訳には、行かない。」そう言う感覚も、実に久しぶりです。


(昨日の筑波山。稲刈り真っ盛りでした。)


先週土曜日。大型スクールバスの運転、何とか2週間目を乗り切りホッとしたところで朝からお腹に異変が。

朝食を取ると痛みが酷くなる一方。我慢できずに医者に行きました。熱は無いのに、痛みで意識がもうろうとすることってあるのですね。

痛み止めと整腸剤をもらい、部屋に帰るとバッタリ。5時間ほど痛みに耐えながら回復を待つ。「しまった!今日は仕事じゃないか?」と何度も目覚める。

こんな痛みは、久しぶりでした。

思えば、自分の痛みにも鈍感な分、他者の痛みにも鈍感だった。「人間離れしいる」と言われることがまんざらではなかった。

しかし、6年前に息子に死なれた時には痛かった。のたうち回った。生き地獄だった。

そうしてようやく肉親を亡くした人の気持ちが分かる様になった。


(つくば市にも落ち着く温泉があります。)

「痛み」は個人的なことだと思われている。でも痛みや死こそ、他の人につながり広がっている。自分の痛みは社会的なことなんですね。

肉体を存在の本源とする人間に取って、痛みや死と無縁な人はいません。

痛みや悲しみをしっかりと感じ、他の人につながるからこそ、相手を大切に思い深く喜び会える。

そんなことを考えました。

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