辻川慎一つくば便り

「村八分」の排除から真の共同性へ!

オリンピック延期で乱調化する日本社会と世界。小池都知事の「東京封鎖」発言で、都内のスーパーやドラッグストアが長蛇の列とのことです。

そんな中の昨日「日の丸君が代」の強制に対して拒否を貫いて来た根津公子先生の裁判勝利の報が届きました。


どんなに孤立している様に見えても、階段から突き落とされることがあろうとも、子供たちを愛し信頼を貫いた。自分が折れないことこそ、子供たちへの生きた教育であると言う生き方を貫いて来たのだと思います。

だからこそ、虚飾や虚偽をキッパリ見抜いて来た方だと思います。


(土浦市本郷から見た筑波連山。山がピンク色に染まりはじめてました。)


難しく言うと「天皇制」だとか「国家」だとかの虚偽の共同性が、人殺しを正当化し、戦争を許した。だから、虚偽の共同性でなく、人が人として尊重し合う真の共同性の中に生きる。そう言うことだと思います。

私が「党派を離れました。」と話したら「良かったわねー。」と心から喜んで下さった。はじめから、分け隔てなく人と人の方なんだと改めて思いました。党派の政治的利害で歪んでいた私の目を正して頂きました。

私と一緒に生きて、支えてくれて来た動労水戸の仲間に対する見方についても、どれほど反省させられたことでしょう。「辻川さんは、全国のことをやる様になって人が変わってしまった。俺たち動労水戸組合員の辻川では無くなってたんだよ。党派を離れてようやく戻って来た感じがする。」そう言ってくれる仲間もいました。


(かすみがうら市「四万騎農場」前。菜の花畑と筑波連山。)


共同体は、人が人として生き、社会を築くためには不可欠だったと思います。生物としては極めて弱く、一人では存在できない人間だから共同体からの排除=「村八分」と言うのは最も過酷な処罰でした。労働組合や政党だと除名処分。会社だと懲戒解雇。共同体・組織の秩序を維持するための懲罰規程が必ずあります。

狭い共同体は、利害対立して衝突する。自らの共同体のためには、命がけになったり対立する共同体への攻撃や殺害さえ正当化される。

根津先生が、戦争を許さないと言うことは国家であれなんであれ、共同体を使った人間の殺害を許さないと言うことが貫かれていると思います。

狭い利害関係ではなく、人間的共同性の中に生きる。だから、孤立している様で決して孤立しない。私もそうだったはずでした。目を覚まして頂いています。


(ブログ読者から「夢の中のドラえもん」だそうです。)

JRの後輩からです。
妻「コロナで教育ガイドラインでマスクを着用で学校に行くのが決まったのよ。」

私「子供たちが着けたければ別に着けるのは構わないが、強制するのは良くないと思う。私は自分が咳が止まらないから着けているだけだ。」

娘「着けたくない、苦しい。」

妻「コロナになったら村八分になる。」

私「私も親友もこんな理不尽は許せない。今までも村八分や理不尽には闘ったし、今も闘っている。安陪や右翼ババア(小池)の都合は許さない!」

とのやり取りがあったとのことです。子供たちを守ることは、先生をはじめ労働者を守ることと別ではないことに気付く時ではないでしょうか。これまでの狭い共同体がぶっ壊れている中で。

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